「出雲の神様」が想像を止める

ここ最近は、特に朝起きるのが億劫です。できればこのまま眠り続けたい。
起きてからの現実の世界が、あまりに苛酷だから。
こんな気持ちで日々の暮らしが始まるのは、東日本大震災以来です。


9年前の3月11日、私は会議があって東京にいました。


同じ会議に出席していた東北や関東在住の方々が、不安なまま足止めされるのを尻目に、私は翌日になって、大混乱の都内を脱出するように、島根に帰ることができました。
あの時、飛行機の窓から見た、出発した時から何一つ変わっていない平穏な故郷の風景を、今でも忘れることができません。
「難を逃れた」「助かった」と胸を撫で下ろす反面、これから苛酷な現実が待っている人々に背を向けるように帰ったことに、強い後ろめたさも感じていました。
その時の経験があり、被災地でのボランティア活動には、可能な限り関わるようにしてきました。

たとえ離れた土地で暮らしていても、自然と震災のことが話題になりました。すると故郷の人は、最後に必ずこう言って話題を締めるのです。

「でも幸い、この辺は、出雲の神様が守ってごすけん」


私は、この言葉がとても引っかかり、場合によっては「憤り」に似た負の感情が湧くのを止められませんでした。
何とか被災地と関わろうともがいていた私にとって、この言葉は、「被災地は対岸の火事」と決め込み、外部とのアクセスを遮断しているように感じたのです。

果たして、同じことを被災地の人に対して語ったり、ネットに書き込んで標榜することができるでしょうか?




被災地にも神様はいて、人々が祭祀して奉仕する日常があったはずです。


彼の神はそんな人々を、恩知らずにも淘汰しようとでもしたのでしょうか?
何の理由があって?
それとも、出雲の神や民だけは特別だとでもいうのでしょうか?

「出雲の神様が〜」には、そんな優生性、終末的選民思想すら帯びているように、私には感じられました。

神道は門外漢なので聞きかじった程度ですが、よく八百万の神と言われる中には荒振神もいれば、貧乏神や、まして疫病神(!)もいます。
それどころか、神の一霊だけでも、荒魂、奇魂、和魂、幸魂の4つの魂を有する(一霊四魂説)と言われ、様々な性格を持っています。

『記紀』によると、崇神天皇の御世に疫病が発生、思い煩う天皇の枕元に、奈良の三輪山の祭神である大物主大神が現れ、
「この疫禍は私の意志だ」
と言い、自身の祀り方を教え、天皇がそれを実行すると疫病が治まった、と伝えられています。
『日本書紀』では、この大物主大神は、出雲大社の祭神である大国主大神の幸魂・奇魂である、と伝えられています。
つまり、大物主大神は疫病の「蓋」として、流行らすことも治めることもできる存在で、その神様が大国主大神の別体であるのです。
大国主大神自体の四魂が乱れない確証が、どこにあるのでしょうか?

出雲地方は、確かに自然災害の少ない土地柄ではありますが、元々自然崇拝の色彩が強い八百万の神々の、それぞれが持つ四魂のバランスが取れているだけの話で、このバランスが何かの拍子で崩れた時、出雲地方でも災害は起こり得ると心得なければ、もしもの有事の際に、その心の隙が深い裂け目となってひび割れるに違いありません。



島根に住みながらも、東北の被災地や世界的なコロナ禍に心寄せるのことがは、自身の学びや備えにもつながるなるはずですが、でも結局は当事者でない限り、想像を働かさざるを得ません。
経験や実感で補えない想像は、時に的外れなこともあるかもしれません。
でも、私はこの想像こそが大切だと思っています。

禅宗では、菩薩の功徳・慈悲は「夜間に手を背に回して枕を探すようなもの(夜間背手摸枕子)」だという例えがあります。例え確かな手がかりがなくても、まずは手を伸ばすこと。すべてはそこから始まる。
想像することが、「夜間背手摸枕子」。私はそう解釈していますし、葬式法事を司祭する僧侶にとって必要な手段、能力だと思っています。

今のところ、島根は新型コロナウイルスの感染者は出ていませんが、島根の人が一番恐れているのは、
「感染者第一号が、身近で出ないか」
というのが、偽らざる真情だと思います。

でも本当は、すでに感染した地域と同じように、
「自分は大丈夫、いう根拠のない自信は持たない」
と想像することが大切です。

「出雲の神様が守ってくれる」という言葉は、その地域の外にある実情を想像しようとする意欲を萎えさせる、呪いのような言葉だと、私には思えてなりません。(副住職 記)

宗淵寺/願興寺

島根県松江市にある曹洞宗寺院・臥龍山宗淵寺と、境内に奉祀されている出雲観音霊場第二十三番札所・新美山願興寺からのお知らせや山内行事の報告、さらに住職や寺族、檀信徒の日暮らし、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつづっています。

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