ハレとケとホトケ

早いもので、晋山式が終わってもう一ヶ月経ちます。

当日は大変な風雨となりましたが、ご随喜くださったご寺院様方、親族・来賓の方々、お手伝いいただいた檀信徒の皆様方、そして稚児行列の決行にご理解をいただいた保護者の皆様、嵐に負けないひだまりのような明るさを振りまいて行列をしてくれた稚児のみんなに、改めて心から感謝申し上げます。

何よりも先代住職が遷化して以降、護持会の体制維持に苦慮し晋山式の準備に忙殺された私を近くで支えてくれた寺族の二人、母と妻には、言葉にできないほどの感謝の思いでいっぱいです。そして息子も、当日は稚児行列から法要が終わるまでの長い時間、彼なりのひた向きさでお勤めしてくれました。


普段のお付き合いを踏まえると、本来なら当日の法要にはもっと多くの御寺院様、法友にお声掛けをしなければなりませんでした。

しかし色々と思うところがあり、今回は思い切ってお声かけの範囲を狭くして、「少数精鋭」にてお勤めさせていただきました。

その方針を私が標榜した時、最も賛成してくれたのが生前の師父でした。それがなければお声掛けしなかった方々への不義理に今も悩み続けたところでしたが、良くも悪くも割り切ることができました。


生まれて初めて「何かしらの主役」となって、多くの皆さんに支えていただいた晋山式でした。この経験は、これまでの人生とこれからの人生をつなぐ、大きな転機になると思います。




一般の方々にとっては、お寺でこのような「慶事」があることを珍しいと感じる方も少なくないでしょう。実際にお寺は、葬式や法事といった「弔事」の場となることの方が多いかもしれません。それでもお寺に住む住職やその家族にとっては「弔事」以外の日常生活がそこにあり、たまに楽しいことや悲しいことがある、取るに足らない日常を繰り返しながら、お寺を守り続けています。


昔から日本には「ハレとケ」という生活のリズムがあると言われています。ハレは冠婚葬祭や年中行事などの特別な日、ケはそれ以外の普通の日常のことです。

敢えて音楽に例えるならば、人生という楽譜においてケが主旋律、ハレが転調。

そしてもう一つ、お寺には「ホトケ」、つまり弔事や仏事に関わる生活があります。ケに対する「和音」のようなものです。


晋山式では、新住職が事前に身支度を整えるための「安下処」を定めます(参照「江龍山長見寺 晋山式」)

今回、「安下処」としてお願いをさせていただいたのが、前総代長の小松仁さんのお宅でした。

小松さんの長男と私は同い年で、物心がつく前から遊んでいた幼馴染でした。しかし彼は15年ほど前に亡くなってしまいました。

「まさかこんなに早く、幼馴染の葬儀を勤めることになろうとは」。

私にとっても大きな衝撃でしたが、先立たれたご両親の深いお悲しみを前にして取り乱してはならないと、心を固く保ちながら彼を見送りました。その後の年忌法要も「ご遺族のため」と思って粛々をお勤めしてきましたが、今回は「自分のため」に幼馴染の菩提を弔うことを、新住職としての出発点にしたいと考えました。


お宅に着くとお茶を出していただき、その茶器が故人自身が生前に購入した久谷焼きだと教えていただいたことをきっかけに、久しぶりにご遺族と故人についての思い出話に花を咲かせました。

その後お袈裟をつけ、仏壇前に座って彼の位牌と相対し読経を始めた途端、「あの日」以来心の奥にしまっていたはずの涙が溢れ出て止まらなくなり、耐えようとしても嗚咽が止まらなくなりました。まだこんな「悲しみ」が自分の中に残っていたことに驚き戸惑いました。


晋山する宗淵寺は私にとっては「生家」、小松家との距離は幼馴染たちとの思い出で彩られた原風景で、そこを取り巻く地域に私の50年間の「暮らし」のほぼ全てがここにあります。

彼が先立ったのとほぼ同じ時期に、私と妻は第一子を亡くし、この寺で御霊を葬り弔いました。そしてこれからも、この土地で出会った人たちと日常を重ね合わせながら、やがては互いに弔い合うでしょう。

ホトケ(身近な人)を弔い葬ることで、ケ(日常)が深くその地に根付いていく。ホトケに関わる僧侶・住職として、この寺この土地で暮らしていくために、この「ハレとケとホトケ」の律動にある。

ハレ(晋山式)を迎えるに当たって、何も言わぬはずの幼馴染の位牌と遺影がそう教えてくれました。


そんな故郷も、諸行無常の移ろいは止まることを知らず、都市開発やコロナ禍を経たことも相俟ってか、「土地柄・人柄・間柄」がガラガラという変拍子によって変わっていると感じています。

晋山式が終わった今、次にこのお寺のハレがいつ来るのか分かりませんが、それまでケとホトケの基調を大切に保ちつつ、これからも守るべきものと、今後は変えていくべきことをしっかり見定め、檀信徒の皆様と喜びや楽しみはありのままに分かち合い、悲しみには程よい距離感で寄り添い続けながら、このお寺を大切に守って参りたいと思います。


(第十七世 住職 記)

宗淵寺/願興寺

島根県松江市にある曹洞宗寺院・臥龍山宗淵寺と、境内に奉祀されている出雲観音霊場第二十三番札所・新美山願興寺からのお知らせや山内行事の報告、さらに住職や寺族、檀信徒の日暮らし、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつづっています。

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