フルボッコ、する人、される人。

 昨年の「ユーキャン新語流行語大賞」(『現代用語の基礎知識』編)の年間大賞に「ゲゲゲの女房」が選ばれました。山陰は水木しげるご夫妻とも縁が深く、確かに昨年1年間、色々な方と交わした会話の端々で『ゲゲゲの女房』の話題がよく出ました。

 他にも、同名のNHKのキャンペーン報道がきっかけとなり、高齢者の所在不明や孤独死といった、地縁・血縁が希薄になった現代を象徴する「無縁社会」がトップテンに入っていたのが、やはり気になりました。

 ただ、私が個人的に「世相を象徴しているな」と最も気になっていたある言葉は、選考に入っていませんでした。

 それは「フルボッコ」という言葉です。

 「相手を力の限り全カ(フルFull)でボッコボコに叩きのめす」という意味を略して、主に若者が使っていた俗語で、『現代用語の基礎知識』にも2008年版から掲載されています。

 年輩の方には耳馴染みのない言葉だとは思いますが、私は気になっていたせいか、昨年よく耳にした印象があります。

 昨年結婚した某タレントは、記者に「旦那さんが浮気したらどうしますか?」と質問された時に「もちろん、フルボッコ です」と即答していました。また、とある謝罪会見で、記者からの苛烈な糾弾に謝罪者側の様子を指して「フ ルボッコになった」と表現されたこと もありました。

 確かに、流行語の条件である語感の良さはありますが、 私は「そんな恐ろしい言葉を、よくも軽々と使えるものだな」と首を傾げたものです。

 誤解を恐れずに言いますが、いくら相手に非があるからといって、再 起の余地を断たんばかりに全力で相手を叩きのめす、そんな過程や 事情を一足飛びにした極端な修羅場が日常的に横行してはならな い。それが社会生活の良識だと思い ます。

 一方の処罰感情のみが無条件に精算されて、はけ口になった他方は「赦し」や事情・心象が一考もされないのだとしたら、これは宗教的にも大問題です。

 「フルボッコ」の濫用は、そんな異常を一般化しかねません。

 重い意味が軽い語感で易々と日常会話として飛び交う世相。「キレる大人」という言葉も ありましたが、社会全体に厚く立ち込めたストレスが、偏執的な自己 愛をつたって一方的に吐き出されるだけの世相って、何だかタガが外れ たみたいでゾッとします。

 人と人の絆が危ぶまれる昨今です。「人の振り見て我が振り直せ」という礼節ある関係性をもう一度見直し、「人の振り見てフルボッコ」と短慮しないように心がけたいものです。(副住職 記)<宗淵寺寺報『がたぴし』第8号所収>

宗淵寺/願興寺

島根県松江市にある曹洞宗寺院・臥龍山宗淵寺と、境内に奉祀されている出雲観音霊場第二十三番札所・新美山願興寺からのお知らせや山内行事の報告、さらに住職や寺族、檀信徒の日暮らし、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつづっています。

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