烏枢沙摩明王
昨年の晋山式に先立って、お施主様に「烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)」像をご奉納いただきました。
烏枢沙摩明王は、密教では五大明王の一尊とされ、天界と人間界の間の炎の世界に住し、人間界の煩悩が天界に及ばないよう、憤怒の表情と聖なる炎で煩悩や不浄を焼きつきすと言われています。また清浄なる自己を目覚めさせる徳があり、安産や金運、病気平癒にご利益が波及するとも言われています。
衣食住の生活の一切を修行と捉える禅宗寺院では、お手洗いを「東司(とうす)」と称し、坐禅堂や浴場とともに「三黙道場」として修行の根本道場に位置付けています。そして東司には烏枢沙摩明王が祀られ(曹洞宗だと「日本一の大東司」と言われる静岡県袋井市の可睡斎や、富山県高岡市の瑞龍寺の烏枢沙摩明王像が有名です)、これまで当寺では位牌は安置していましたが、烏枢沙摩明王の仏像自体はありませんでした。一昨年に遷化した先代住職もかねがね「いずれは烏枢沙摩明王の仏像をお迎えしたい」と念願しておりました。
この度入仏した烏枢沙摩明王像は、中国伝統工芸美術大師(日本の人間国宝や伝統工芸士に当たる称号)の袁師永氏が十数年前に制作されたもので、素材はラオス檜、そして台座まで110cm以上の大作。しばらく仏像専門業者が在庫として管理をされていたものを、たまたま住職が作品の画像や情報に触れ、気になって照会したところ、業者様から、
「この作品は、袁氏が永平寺の烏枢沙摩明王を参考にして制作されたものです」
とのお話を聞きました。
住職もかつて永平寺で修行していましたが、情けないことにことにその像容の記憶がなく、後日拝登して確認すると、山門脇の一般参拝者用の東司にあったものと、特徴が一致しました。修行僧は滅多に利用することがない東司だったので、記憶がなくても仕方なかったと言えるでしょうか。
永平寺の烏枢沙摩明王像
住職としては「永平寺の烏枢沙摩明王を参考にした」というのが、「決定的な宣伝文句」となり、「ぜひお迎えしたい」と切望して施主様にお伺いしたところ、ご快諾をいただいたので晴れて当寺に入仏させていただくこととなりました。
本来であればお手洗いにお祀りするべきですが、なんと言っても1mを超える大きな仏像(手本となった永平寺の倍以上あります)です。お手洗いの改装も(本気で)考えましたが、二人の寺族から滔々と諫言され、これを断念。
そこで本堂の脇間に安置して普段のご供養を行い、お手洗いにはその複製画を掛けることとしました。
また晋山式の機会とも重なりましたので、実際の像容を加工して複写した「お守り」を作成し、記念品として全檀信徒宅に1部づつ進呈しました。
お施主様には、過去に亡祖父様のご供養で坐禅堂の文殊菩薩像をご奉納いただいたのに続いて、この度は亡父様のご供養として、烏枢沙摩明王像をご奉納いただきました。おかげで当寺も「禅寺としての面目」を整えることができました。この場をお借りして、改めて心から感謝申し上げます。
最後に…
参拝者用のお手洗いの「標語」をご覧ください。
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